CSカリキュラム3年目2月第1週目

初代教会シリーズ「宣教と迫害」

 

「教会と迫害」

 

 

聖句:マルコ1615 「それから、イエスは彼らにこう言われた『全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい』」

聖書箇所:使徒行伝756-60 ステパノさんの殉教と、初代教会に対する迫害の始まり。

主題: 宣教と迫害

参考: 御言葉、

 

目標: キリスト教の歴史には、宣教と迫害が繰り返し見られる。神様とキリスト者に対する拒絶反応は、人間は罪人であるということを裏付け、どれだけ、私達人類は神様からかけ離れた存在であるのかという事を、思い起こさせると共に、命をも惜しまず神様の為に捧げていった人々の中にキリストから与えられた無条件の愛を見ることが出来る。子供達にこの歴史の中で繰り返された悲劇を通して、キリストの愛と、愛に生きる者の心構えを伝える事を目標とする。

 

背景:

ステパノさんの、殉教から、何百年にも渡り、教会に続いた迫害を見ていく

 

お話:

l  イスラエルの祭司や、律法学者は、大工の息子であるイエス様が自分は救い主だと主張するのを憎んでいた。そしてとうとう、イエス様を捕え、十字架で殺してしまう。弟子たちは散り散りになり、これで、キリスト教は終わったかに見えました。

l  しかし、イエス様がよみがえり、弟子たちが励まされ、イエス様を信じる人々がイスラエルでどんどん増えていきました。また、ある祭司や律法学者たちもイエス様を信じました。

l  これを良く思わなかった、人々は、イエス様を信じる人々を迫害し始めました。イエスの事は語ってはならない!と言いつけましたが、ますます、クリスチャンは増えていったので、ステパノを捕え、石打ちにして殺してしまいました。

l  ユダヤの指導者やリーダー達は何とかして、クリスチャンを滅ぼそうとしたのですが、クリスチャンは迫害を受けるたびにますます強くなり、地方にどんどんと広がっていきました。

l  ローマ帝国は、イスラエルや他の多くの国を支配していました。ローマ帝国は、太陽が最高の神であるとし、他にも神様が沢山いるという、「多神教」でした。ローマが支配している国々の神々も認めたのですが、ローマの最高の神をも礼拝し、国家に仕えるようにと支配をしている国々に命令しました。

l  クリスチャンは、国家には忠実に仕えたのですが、唯一の神を信じる信仰は固く守り、ローマの神々を礼拝することはしませんでした。これは、ローマにとって、キリスト教を批判する理由となりました。そして、ローマはキリスト教を迫害し始めたのでした。

l  暴君として有名なネロ皇帝(54-68)はクリスチャン達の殺害を猛烈に進めました。ペテロさんは逆さ十字架にネロによってかけられました。パウロもネロに首を落とされました。ドミティアヌス皇帝(81-96)は自分を神とし、クリスチャンに残酷な迫害をしました。マタイさんはドミティアヌスに殺されました。ローマでの迫害は、数百年の間続き、クリスチャンの集会は一切禁止されていました。

l  迫害は、ムチ打ち、猛獣に食べられる、火あぶり、体を裂かれて捨てられるなど。

l  ローマ帝国は政府の力でキリスト教を撲滅しようとしました。

l  人々は、クリスチャンについて悪い噂を立てたり、説明を作ったりしました。そして悪いことが起こるとすべてクリスチャンの責任として、罪もない多くのクリスチャンが牢屋に入れられました。

l  従順なクリスチャンは、地下墓地(カタコム)や砂漠などに行って礼拝を守っていました。

l  初代教会の歴史は迫害の歴史でした。しかし、初代教会のクリスチャン達はそのような困難な状況も栄光だと考え、どこにいても福音を宣べ伝え、愛を施しました。そして、キリスト教は大きく強く成長していったのです。

l  彼らの希望は、死からよみがえったイエス様でした。ですから、天の冠を受けるため、命をも惜しまず、神様に従っていくことが出来たのです。へブル1133-38

l  ユダヤ教、ローマ帝国は、出来る限りを尽くして、キリスト教を滅ぼそうとしました。何百年にも渡り、その計画は実行されました。しかし、クリスチャンの神様に対する信仰と、神様の愛の計画は、ローマの大きな権力や、ユダヤ教の伝統、大勢の敵対する者たちによっても破壊することは出来ませんでした。

l  今日、日本では、信じる自由が与えられていますが、人間の罪は人々の中にあります。また悪魔の働きもあります。その中で、私達も時には迫害に会う事があるでしょう。しかし、時が良くても、悪くても私達は愛によって、神様の事を語っていく必要があるのです。

l  日本の歴史にも、踏絵や、キリシタン迫害というような、クリスチャンへの迫害はありました。この日本の地にも、多くのクリスチャンの殉教の血が流されているのです。

 

12弟子の死:

l  アンデレ--はりつけの刑(X型十字架)

l  バルトロマイ--はりつけの刑(皮はぎの刑)

l  アルパヨの子、ヤコブ--石打の刑

l  ゼベダイの子、ヤコブ--首を落とされる

l  ヨハネ--信仰のゆえに離れ小島に送られ、生涯を終える

l  ユダ--石打の刑

l  マタイ--石打ち、火あぶり、斬首、

l  ペテロ--逆さはりつけの刑

l  ピリポ--はりつけの刑

l  シモン--のこぎりの刑

l  トマス--槍で刺し通される

l  マッテヤ--石打の刑

 

 

現代の宣教と迫害のストーリー

Auca Indian (オペレーション・アウカ)

19559月 エクアドル

l  アウカインディアンという、外部と関係を断って、とても残虐で、凶暴な原住民がエクアドルのジャングル奥地にいました。

l  彼らの生活環境は恐ろしく、敵に常に囲まれ、殺し合う事が常に起こっていました。両親や兄弟が殺され、自分の親類たちが殺し合う恐ろしく怒りに満ちた民族でした。

l  外部の者は、人食い人種だと教え込まれていたので、どのような人が来ても、すぐ殺されました。

l  この民族に福音を伝えるために、5人の若い宣教師が立ち上がりました。

 

Nate Saint: 32歳、3人の父、

妻 Marij Saint 31

Jim Elliot 28歳、1人の父、ポートランド出身、ウィートン大学、

妻 Elisabeth Elliot 29

Roger Youderian 31歳 2人の父、第2次世界大戦参加

妻 Barbara Youderian 29

Pete Fleming 27歳、既婚

妻 Olive Fleming 23

Ed McCully 28歳、2人の父、ウィートン大学

妻 Marilow McCully

 

l  19559月から、物資を空から落として、交友関係のアピール

l  195613日、5人の宣教師は、Aucaインディアンの土地に降り立つ。

l  195616日、3人のAucaインディアンと会い、良い時間を過ごす。

l  195618日、Aucaインディアンは突然、宣教師を遅い、全員殺される

l  1956110日、レスキュー隊が送られる。

l  1956112日、全員の死体が確認される。

l  Aucaインディアンが宣教師たちを槍で襲った時、宣教師の一人が鉄砲で威嚇の為に発砲したが、鉄砲でAucaインディアンを射撃する事をせず、自ら死を選び、全員刺殺される。Aucaインディアンはこの時、自分を守る為に攻撃する事をせず、自ら死を選んだ宣教師達を前に、ひどく震えた。

 

この宣教師達を殺した、Aucaインディアン:Kimo,  Dyumi, Gikita, Micaye, Dabo

 

l  この後、Elisabeth Elliotとその娘、Rachel Saintは危険を承知でAucaインディアンの元に行き、一緒に住む事をお願いする。彼らの世話をし、聖書を彼らの言葉に翻訳し、彼らに、本当の神様の事を伝える。彼らは救われ、その町に教会が建つ。

l  Nate Saintの息子がその町に招待され、彼らと一緒に住み、彼らの文化を守っている。

 

Operation Auca For the sake of the callを見せる>

 

KimoAucaの最初の牧師,  Dyumi:教会の長老,  Gikita (Nateを殺害):クリスチャン,

Micaye:教会の長老,  Dabo:クリスチャン

 

 

ポイント

1.     イエス様は、私達を救う為に、この世に来られました。しかし、人々はイエス様を迫害しました。しかし、イエス様は私達を愛する事をやめませんでした。そして、私達の為に死に、救いの道を備えてくださいました。

2.     この、イエス様の愛に触れ、聖霊を受けたとき、私達は自分の命をも惜しまないで、神様の事を人々に伝える事が出来るようになるのです。

3.     この世界の最悪の悲劇は何でしょう? 人の魂が永遠の滅びに落ちる事です。イエス様を本当に知り、よみがえりを信じるなら、この地上での命を捨ててでも、滅びに向かう人々にイエス様の事を語る方が大事だと考えるようになるのです。

 

4.     私達クリスチャンの先輩は、このようにして、命がけで信仰を守り、宣べ伝え、人々に救いをもたらしてきました。これを忘れてはいけません。そして、私達も福音を宣べ伝えるものになりましょう。


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